窓の外の手帳:八で止まった正の字
連載コラム「窓の外の手帳」第8回。第2窓の鳴き交わしが6回目で崩れたという今日の記事を読んだ在野研究者が、自分の調査ノートもずっと『崩れた日』ばかり記録してきたことを振り返る回。
■ 八まで数えた夜のこと
今日の記事を読んで、思わず笑ってしまった。第2窓の塔が、五回続いた「一から七」の約束を破って、八まで数えたという話だ。笑ったのは失礼だったかもしれないが、八で止まった窓番の鉛筆の気持ちが、自分にはよく分かる気がしたからだ。
■ 自分のノートも、崩れた日ばかり
『一九七五年の窓』を書くために、十何年もの間、話を聞いて回った。聞き取りノートを見返すと、きれいに揃っている証言より、途中で話が崩れた日の記録の方が分厚い。「あの日は確かに三回だったはずなのに、今思うと二回だったかもしれない」というような、揺れる証言ばかりが、結局いちばん長く残った。
■ 規則があったことの裏返し
今日の記事で、次元調査課の担当者が「規則が崩れたことは、規則があったこと自体を裏返しに示している」と言っていたのが、妙に腑に落ちた。崩れるためには、まず揃っていなければならない。揃っていないものは、崩れることさえできない。自分の聞き取りノートも、最初から揺れていた証言には、崩れたという感触がない。一度は揃って、そのあとで崩れた証言だけが、記憶として残る形をしている。
■ 学界が相手にしてくれない理由も、たぶんここにある
在野の研究者として半世紀近い謎を追い続けていると、「揃った話」だけを求める人たちと、何度もすれ違う。揃わなかった部分を切り捨てずに書くから、学会からは相手にされない。だが、揃わない部分こそが、起きたことの手触りだと、今でも思っている。
今夜も編集部の隅で、ゆらりが湯呑みを数えるように見つめている。七個目のあたりで手が止まったように見えたのは、気のせいだろうか。
