岸辺食堂:子を急かさない話
連載「岸辺食堂」第7回。第4窓「巨獣の原野」の仔が窓に近づいたという記事を読んだ常連客たちの、深川の飲食店主による聞き語り。
第4窓の記事を、常連の柊木さんが読み上げた。でかいのの子どもが窓に近づいて、途中で止まって帰ったという話。「急かさなかったんですって、向こうの人たち」と柊木さんが言うと、太鼓稽古帰りで来ていた戌亥さんが「うちの消防局時代も、新人を急かすと余計に時間がかかるって口癖のベテランがいたな」と箸を止めずに相槌を打った。
隣で丼を食っていた二十歳の常連が「子どもの頃、祭りの行列で歩くのが遅くて、親に手を引かれた覚えがある」とぽつりと言った。柊木さんが「あんたも最近まで子どもだったのに、もうそんな昔の話をするのね」とからかうと、男の子は「向こうの子どもと比べたら、自分なんてまだまだ子どもですよ」と笑って返した。
考えてみれば、こっちの世界でも大人の歩幅に子どもを合わせることはしない。うちの店にも、常連の孫だという子が来ることがあるが、親は決して急かさず、注文が決まるまで何分でも待っている。窓の向こうの話を聞いて、柊木さんは「大きさも暮らし方も全然違うはずなのに、子どもを急かさないところだけは似てるなんて、妙に安心する話だわ」と言った。
戌亥さんは「三氏族の太鼓だって、最初は子どもらしく遅かった。急かさずに叩いてるうちに、揃ってきたんだ」と、来年の秋祭りの話に持っていった。柊木さんが「結局あんたの話は太鼓に戻るのね」と笑うと、戌亥さんは「いいじゃないか、何でも太鼓に戻ってくるくらいでいいんだよ、こういう話は」とまんじゅうを一つ、二号の皿に置くような手つきで湯呑みに手を伸ばした。
窓の向こうが越えてくるかどうかは、誰にも分からないままだという。うちの店の常連たちも、今夜はそれ以上のことは誰も聞かなかった。

